この種子達がいつか
新たな希望の地へ 満ち満ちてゆくことを
溢れるほどの暖かな 光に包まれることを 願う
この物語は、そこで終わっていたはずだった。
星間を浮かぶ旧き星。翠色した、どこか懐かしい星。
その中でもより濃い緑を集めた小高な丘陵に、それはあった。
繁茂する草花や広葉は、そこから波紋の形に、遠く遠く地平の先までを覆う。
その中心、波紋の源に佇むは、蔦のいっぱいに漲った数片の鉄板と、苔の生した大木と。
あるいは塔とも見紛うその直樹は、否、赤黒い錆をその総てに湛えた、太く円い鉄柱の一本だった。
どういうことだろう。重い瞼を擦りながら、私は自分が今まで眠っていたことに気付く。――去んだのでは、なかったのか。
陽光に翅を広げて、蝶が鉄柱の周りをひらひらと舞っていた。その幾つかが、朽ちて剥がれた鉄の肌の、その穴の中に吸い込まれるように消えていった。
鳥のつがいが、どこか遠くから陽の下を真っ直ぐに飛んできた。その二羽は口に小枝を挟んで、同じく生じた別の穴に忙しなく飛び込んでいった。
丸い躯体を目まぐるしくひた奔らせて、小さな獣が数匹、穴の一つを潜っていった。その数匹は手に、あるいは頬に木の実を湛えて、またどこかへと駆け去っていった。
鉄柱の内部には、そうして多種の生命が息衝き、訪れ、集っていた。生の運営を、普遍的な命の流れを、彼らはそこで当たり前のように繰り広げていた。
寂びた赤鉄の内側、そこには樹があったのだ。実を成らせ、花をつかせる新たな樹が。
目の前に広がっていたのは、夢のような光景だった。ずっと思い描いていた夢。眠りの中で何度と視てきた夢。それが、そこにはあった。
私は、ぼうと光景を眺めていた。起きているのに、見ている夢。去んでいるのに、見ている夢。私は、自分が今困っていることにさえ、困っていた。
未だ小さくとも、その樹は確かに潤いをもたらしていた。その樹が生らなければ、虫は寄らず、獣は着かず、なれば緑がこれほど栄えることもなかっただろう。
種だ。きっかけは、如何に小さくとも、如何に荒廃した世界にあろうと、一途に根を張り、それを未来へと繋げた種にあった。
天だ。循環を以て種に機を与え、その志を支え続けた天が種を樹へと足らしめた。何時如何なる時も、陽光と雨だけは欠かさずして。
そして、人だ。あるいは種を摘み、踏み潰すことさえしてきた愚かな生命は、しかし種を蒔いた。己が業への後悔や畏れに顔を歪めながら、それでも希望を遺し、継いだ。
ここに広がる光景は、それら意志ある者達が伝え、築いた結果であった。順風満帆などではない。一度崩れ、失いさえして尚、再度手に手を携えて。
呆けるままの私の両肩に、二つの手が乗った。一つは大きくて、暖かくて。もう一つは小さくて、でも力強くて。
そのどちらの感触も、私には覚えがあった。一つは鮮明で、きっとずっと近くに感じていた温もり。そしてもう一つは、もうはっきりとは思い出せないけれど、きっと私の好きだった温もり。
温もりの一つが、私の肩をそっと押すように離れた。よろと踏み出した私を、温もりのもう一つが支えた。その時、私は閃きの中に思った。継がなくてはならない、と。
翠の群集に紛れるようにして、小さな集落が一つ、人煙を緩やかに燻らせていた。静かで飾り気のない、けれど活力に満ちた村だ。
一組の少年少女が市井を駆け抜け、村の外れへと躍り出た。辿り着いたのは、鳥を追い、蝶を追いとしていた内に見つけた秘密の場所だ。
昼は虫や動物達とバスケットを囲う場所として。夜は天上を出でる美しい星々を見上げる場所として。少年と少女は、歳を重ねても尚その場所を愛し、守り続けた。
そこに鎮座する一柱の御神木には、ある伝説が語り継がれていた。遠い昔、一度戦争で崩壊した大地に、一つの種が降り注いだ。その種は賢明に緑を育んで、荒れ切った大地を再び緑で包んでみせたのだと。
少年と少女はその伝説を甚く気に入り、頂戴した果実を齧った後、その種を持ち帰っては遠出の折に蒔いた。伝説にある降り注いだ種は、もしかしたら遠くの人が蒔きに来たんじゃないか、などと、そんな話をしながら。
これが、あなたと、あなたの希んだ未来。なればそれは、私の願う未来。
想わざれば叶わぬなら、叶うまで想ってみよう。そうして叶ったのがこの夢なら、その続きまで想ってみよう。
種が芽吹き、花が生ったなら、次の種のことを夢見てみよう。過ぎた温もりを、今の温もりへ。そしてこれからの温もりへと、渡してみよう。
まだ険しい世界でも。変わらず険しい世界でも。ありがとう、私は種になる。夢を咲かせる、種になる。
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解説 ~EXEC_FLIP_SEEDING/.の詩の想い~
終わったはずの物語に継ぎ足されたページ。それは美星の心に秘められた純粋な想いを本当の意味で掬い取ることができた、星の上位存在によるものでした。
目覚めた美星は、かつて夢見た星がそこにあったこと、そしてそこに呼び戻された意味を理解します。
美星はいよいよ本当の種になるべく謳い出します。物語を今一度繋げてくれた上位存在と、そして「自分を生んでくれた人」のために。母なる想い、父なる想い、その二つに報いるため。星に、世界にありがとうを還元するために。
「あなたの喜ぶ物語」は、バトンを渡してくれたアルルであり、美星を生んだ研究者であり、人間たちであり、星であり、あるいはそれを感じ取ってくれる存在全てに向けた、過去への感謝と未来への願いを綴ったものです。
規模や次元を超えて紡がれる、美星の強く優しい想いが遠くまで伝わってくれたらいいなと、そういった願いがSEEDINGという詩には籠っています。